架橋して統合したり

自発的かつ必然的なライフワークとしての勉強・読書があるとするならば、『移り変わる有限の現象世界(わたしもあなたもいつかは死なざるを得ない 知覚・生命・感情が中心の世界)』と

『積み上げる無限の普遍世界(わたしやあなたといった個体を超えた言語とその認識主体が存在する限りにおいて終わらな い言語・論理・意思伝達が中心の世界)』を架橋して統合したり分節したりする営為となるだろう。
『移り変わる有限の現象世界』だけで生きるならば、ヤミ金の相談言語や思考の力は極めて弱いものとなり、そこでは“知覚(感覚)・運動・社会(地位)・関係 (愛情)・金銭(利得)・物”を巡る成功と失敗、勝ちと負け、人間関係(情緒のやり取り)に基づいた二元論的な幸福感を得られるかどうかだけが、人生の価 値のほぼ全てになりやすい。 故に『移り変わる有限の現象世界』だけで生きることのリスクがあるとすれば、社会経済的状況や他者との関係性に左右されない『普遍的に持続する内的アイデンティティ・言語的世界観の核心』がないということだろう。