見込みを当てにしている

やりたいことを我慢して頑張ってきたのに報われないのは、世の中の仕組みや他人の評価・気持ちのほうがおかしいという

『報酬を当てにした努力観・ 決められたルールで動くのが当たり前とする社会観』がそこには横たわっているがそれらは現実的なものではないため、実際にはそれほどには報われないもので ある。 自分がやりたいことを我慢して勉強なり作業なりを黙々と頑張ることは、『自分の将来の利益』のために現在の即時的な欲求の充足を先延ばししているか、そういった蓄積の効果がないと現在の欲求充足が難しいか将来困るのではないかと心配しているだけだからだ。
つまり、勉強・作業そのものは『他者に利益や喜びをもたらす利他的行為(互酬行為)』ではないという当たり前の動機づけ(自分の将来利益の見込みを当てにしているだけ)を見失っているので独りよがりとなり、自虐的な悲観主義によって生きがいを失う恐れもある。
基本的に、他人は自分(わたし)がやりたいことを我慢して勉強していようが作業していようが、知ったことではないという冷厳な現実が先にある。